多摩北エリアネット学習会

2009年11月8日 00時41分 | カテゴリー: 活動報告・日誌

「報道されなかった阪神・淡路大震災」〜防災・復興に女性の視点を

正井礼子さん
正井礼子さん
 NPO法人 女性と子ども支援センター ウィメンズネット・こうべ代表の正井礼子さんの実際の体験と震災の中での地道な取り組みについて伺いました。
 1995年の阪神・淡路大震災の前から、女性と子どもの人権を守り、男女平等社会の実現に向けて様々な活動をされてきた方で、震災後には、女性支援ネットワークを立ち上げ、物資の配給や「女性のための電話相談」を開設、「女性支援連続セミナー」などを開催し、被災女性の支援を行っています。
 「震災で女性が1000人多く亡くなっている」この事実からは、女たちの老いの貧しさや母子家庭の貧困、震災後にパート労働者の大量解雇などの問題が浮き彫りにされています。
妊婦や乳幼児を抱えた女性たちは、震災後、仕事に出かけたまま帰らない夫に見捨てられたという悲しさで涙し、家は無事だったが寒さと恐怖で震えながらいた。家事や育児を担い現場に駆け付けられなかった女性が、責められたりクビになったりしていた。
 震災後、学校が避難所になったがそこは生活の場ではなかったという。水があるのに洗濯できない、調理室を使えれば炊事ができるのに許可されない、これは、教育委員会が学校という場を開いてくれなかったからだと。乳児を抱えた母親が安心して授乳できる場所がないことや、男女共用の仮設トイレで女性は行きづらいこと、子どもが周りに迷惑をかけることを理由に避難所を利用しない人もいた。
正井さんが「女たちの家」で聞いた話では、
2000人を超える避難所などで女性被災者が性的嫌がらせに苦しんでいることや、壊れた家屋に戻ると中に引きずりこまれてレイプされたこと、震災同居で夫からの暴力に耐えていたことなど、女たちが被った被害が数多くありました。社会の中では語られずにいたことを、震災後、毎年のように、被災地における人権の集会を開いて伝えています。
 報道されなかった震災の裏の話、多くの女性から聞いてきた生の声を、正井さんはありのままに私たちに伝えてくれました。その現実に体が震えてくるような衝撃を受けながら聞き入っていた自分がいました。
その時、叫べなかった女性たちの声を無駄にしないためにも、地域防災計画の中に、「男女の視点の違いに配慮すること」が盛り込まれていくように働きかけること、そして、自治体の防災対策活動に女性の参加を入れること、災害時支援者はジェンダートレーニングを受けることなどの必要性を感じました。